Canis No.12奈良県上北山村西原、天ヶ瀬にて捕獲されたニホンオオカミの上顎骨

『初めに』昭文社刊の山と高原地図№56大峰山脈を見開くと、狼あるいは犬と記された地名がやたら多いのに驚く。狼谷、狼尾、狼平、狼横手、犬取り尾、犬ガエリ、犬取り谷、犬取り滝、・・・そしてそれらの多くは稲村ヶ岳(1725、9m)付近に集中している。稲村ヶ岳東面神童子谷の狭い山域に、これ程オオカミ関連の地名が集中しているのは、ただ単に生息数が多かったと考えるよりは、人々の生活の中にオオカミが入り込む程、関わりが深かった事を示している様に思える。これ程の集中度は、私が知る限りでは日本中探しても、多分ここだけで有ると云える。五万分の一の地図上に於いてさえこれだけ明記されているのだから、近辺をくまなく歩いて聞き取り調査でもしたら、恐らく狼と犬の文字で埋め尽くされるのではないだろうか。それとも開発と称する二文字が、国内のどんな山奥まで氾濫している今日では、遅きに逸して徒労の調査と化すのだろうか。兎も角、私がフィールドとしている奥秩父山地の、同じ5万分の一の地図上で探しても、狼谷、狼平、狼窪、・・が見かけられる程度なのだ。
 吉野及び洞川から入山し、山上ヶ岳、弥山、釈迦ヶ岳、経由で前鬼に下るのを、修験道では大峰奥駈けと呼び、宗教上だけではなしに歴史的にも意義有る山域で、先年世界遺産に登録されたのは御承知の通りである。国内の修験道のルーツは紀伊半島であるのだから、有史以来の、山と人々そして動物の関わりは、秩父とは比較にならないはずである。しかし紀伊半島産として知られるCanis hodophilaxの頭骨標本は極わずかで、和歌山大学蔵上下顎(剥製標本に付随した頭骨)、大英自然史博物館蔵上下顎(アンダーソン採集の鷲家口産)、新宮市立歴史民俗資料館蔵下顎骨加工品(十津川村武蔵産根付け)、その他1~2例を数えるのみであった。国内はもとより世界各地に散在したCanis hodophilaxの頭骨標本は、100例前後を数えると考えられているにも拘らずである。一研究者として常々不思議に思って居たのであるが、地理に不案内である上遠方である事も手伝って、中々足を運ぶ事が出来ないでいた。しかし2002~3年と、相継いでインターネットのオークションサイトにて入手した、2例の下顎骨加工品(根付け)の内の1点が、紀伊半島産らしいと知らされた為、多分その機会が訪れたのだと考え、その根付けの出処を確認する方々、知り得る限りの標本調査をする事とした。その中の一つが本標本である。
岸田家の標本の存在を私はかなり古くから知り得ていた。そして、多分では有ったが、日出男先生の蒐集品であろう事も予想していた。「日本狼物語」の中のどの事例であるか・・・も含めて。
  なぜなら、関西地方の民間研究者のバイブル的存在である「日本狼物語」が、私のフィールドワークに於いても同様の存在で在ったからである。
   『由来』  ニホンオオカミ民間研究の先駆け、岸田日出男先生の著作である「日本狼物語」は、後世の研究者の礎となっただけでは無く、関連出版物にも多大な影響を与えて来ている。そしてその中に、本標本の謂れと思われる話が載っているので、原文のまま此処に記す事とする。     
  奈良県立大淀高等学校歴史研究部吉野史談会機関誌
「吉野風土記」第21集特集日本狼物語11頁、10話。
 上北山村小字天ヶ瀬で聞いた話―昭和11年5月22―岩本 おきち氏(80歳)それは辰の年で旧の1月で雪があった。(岸田曰く明治13年)(1880)水口伝一郎氏(小橡の人で川上村の戸長)が川上村から伯母峯を越えて帰り来り、おきちの宅で泊った。その時は丁度八ツ頃であった。所が暫くすると一匹の狼が現われ畑の縁を歩いて来り、付近に吊下げてあったカモシカのアバラ(肉を取って骨となしたるもの)を喰い始めた。
  この狼は所謂送り狼で、水口伝一郎氏は、伯母峯の向うで何か後からつけたものがあるなと思ったと云われた。之を見た利平(おきちの夫)と井場亀一郎(松浦武四郎翁を大台ヶ原山案内した人)が鉄砲で打ち殺したが、その骨格は2、3年前まで保存してあったが、邪魔になるので焼いて終った。(が尚小さな骨片が残っており、岸田は5月22日の朝、婆さんからこれを貰いうけ、辞退は受けたが50銭を払った) 
山上ヶ岳頂上近くに建つ岸田日出男先生のレリーフ
  但し、本標本が納められている箱に「由来」として以下の文が記されている。
*岸田家に保管の日本狼の頭蓋骨(上あごのみ)は明治忘失年上北山村西原の天ヶ瀬の農家へ、夜庭の小便を飲みに来ていた病狼(ヤマイオオカミ)を殺して所蔵していたのを、父日出男が貰ったものである。  平成六年十月十日 文男記。*
 【日本狼物語の文中、上北山村小字天ヶ瀬での捕獲事例及び頭骨標本の受け渡しに関した記述は 岩本 おきち氏の口伝事例だけであるのだが、岸田家の意見も尊重すべきと考え、当標本に於いては2例の由来を記す事とした。】
  
  『所見』標本の外面的特徴、側頭窩の神経孔の数、骨口蓋後縁中央部の湾入が顕著である点等、ニホンオオカミ頭骨の多くに見られる特徴を有している。
尚、平成元年五月二十一日に元京都大学理学部動物学教室 田隅 本生 助教授も当標本の調査の為岸田家を訪問し、ニホンオオカミCanis hodophilax Temminck、1839の上顎部である事の鑑定をされている。