Canis.No.22 和歌山県本宮町大居のオオカミ下顎骨加工品(根付け)

『初めに』
2004年10月。和歌山県大塔村立民俗資料館で私は、訪問目的である上下顎吻端部標本の隣に、無造作に陳列されていた根付け標本を見、思わず唾をのみ込んでしまった。杉の木の小箱に綿をクッションにして納められたその根付け標本の由来を知るべく、村の教育委員会に詳細を問い合わせたとき、かねてより聞き及んでいた谷上和貞氏の名前が登場し、この標本を基に始まる谷上氏との交流の中、更なる標本を手にする事となった。 
その標本の一つが、上記本宮町大居の戎家の根付けである。
紀伊民報の現役記者時代から二ホンオオカミに関する取材を続ける谷上氏が、様々な情報収集の中でこの標本の存在を知る事となり、谷上氏発信の中、所謂民間研究者達に伝わる事になった訳で、谷上氏の労に感謝の念を抱くものでもある。
『由来』
先祖が捕まえ、家の護り神として、印鑑入れの根付けにしているオオカミの骨の由来を、戎家の現当主徹夫氏は知らされていないと云う。しかし、小さい頃、明治生まれだったお祖父さんとは寝る時いつも一緒で、オオカミに関するある事を、子守唄代わりに毎日の様に聞かされていた。
大居に、代々居を構える戎家近く、1KM位の距離を置いて熊野川が流れている。今となってはお祖父さんか、曾お祖父さんの体験だったか定かではないのだが、農作業が終った後魚を釣ったり、投網で鮎等を獲って家族の蛋白源としていた。曾お祖父さんのその前からズーッと続いていた風習だったのかも知れない。その帰り道には時々オオカミがついて来て、獲物をねだる様子を見せるので、鮎等の川魚を1匹投げ与えると、喜んでその場を離れて行ったのだと云う。そんな体験談が語り継がれているのだが、オオカミへのそんな対応の仕方は、戎家の先祖がオオカミを獲った事への、罪滅ぼしの気持ちからだったのかも知れない。
今まで二ホンオオカミの頭骨、根付け標本を数多く見て来た私だが、柿の渋を施した、素朴で何とも言いようの無い趣を持った根付けを、他に知らない。俊逸だと思う。
この標本の噂を聞きつけ年に幾人かは根付けを見に来ると云う。
昭和16年生まれで現在72歳の当主に対し、私はいつも標本所有者にする、次世代への標本の引継ぎ、伝言をお願いし、受話器を元の位置に戻した。(この項は2013年聞き取り)

『所見』
標本の形状、採寸値等から思考するに二ホンオオカミ Canis hodophilax Temminck,1839の下顎骨先端部であると鑑定致します。

2005年5月4日    秩父宮記念三峯山客員研究員  八木 博