Canis.No19和歌山県西牟婁郡大塔村平瀬のオオカミ下顎骨加工品(根付け)

『初めに』2004年10月。紀伊半島のニホンオオカミ標本調査で訪れた大塔村立民俗資料館で私は、以前から知られていた上下顎吻端部標本の隣に、無造作に陳列されていた根付け標本を見て、思わず唾を飲み込んでしまった。
 今回の紀伊半島調査旅行は井上百合子氏からの資料に基ずいて行動しており、当民俗資料館所蔵の標本は、CANISNo18にて発表した上下顎吻端部1例だけと思っていたからである。
  杉の木の小箱に綿をクッションにして納められたその根付け標本は、朱漆が薄く施され、手擦れの為に所々がはがれて地肌を覗かせていた。
  根付け標本の由来等を知るべく、資料館の管理をされている小原氏を通し、村の教育委員会に詳細を問い合わせたが、紀伊民報の谷上和貞氏と云う方が知っているらしいとの事だった。ニホンオオカミ関連資料の上で、かねてより聞き及んでいた谷上氏の名前が登場し、更なる驚きを得たものの、予想もしていなかった未知の根付け標本を目の当たりにして、この時点ではこれから始まる、新たなる展開を予知する事など全く出来なかった。
この標本を基に始まる谷上氏との交流の中、更なる標本を手にする事となり、谷上氏のオオカミ人生の一端、紀伊半島での足跡を知る手がかりを得る事となったのである。
『由来』創業100年となる紀伊民報の、現役記者時代から二ホンオオカミに関する取材を続ける谷上氏であるが、現在はライフワークの中でもその情報集取をする様になっていた。そうした活動の中、中辺路町温川地区に根付け標本がある事を聞きつけ訪問したのだが、所有者の老母がその標本を手放しても良い雰囲気だったので、その旨大塔村の教育委員会に話し、当民俗資料館所蔵になったとの事である。当初、谷上氏は自ら入手出来そうな金額に落ち着きそうだったので、個人所有も考えたが、山村での風習、民俗を長く伝え残すべきと考え、郷土資料館への橋渡しをしたのだと云う。譲渡金額は15,000~20,000円位だったとの事だが、、現在インターネット上で取引される金額が7~10万円であるのと比べ、当時(1990年前後)としては、中辺路町温川産標本として、出所も明らかである事等を考えると、妥当な金額だったのかも知れない。
『所見』木箱の裏側にボールペンで
【この牙は東京の狼研究家、平岩米吉氏により、実物であることを証明されました。S57,3,1】 
とあるのだが、記者としての谷上和貞氏は平岩米吉氏の来紀を知らないし、標本を送って鑑定を依頼したことも承知していない。
根付け自体は、同館に展示されている「二ホンオオカミの下額吻端部と同種の物」と、認知されるべき標本なのだが、平岩氏がどんな方法で標本を見、判断をしたのだろうか。関係の第三者が記しているのだろうが、そもそも箱の裏にボールペンで記載する
乱暴且つ不自然な方法は、平岩米吉氏の実績、名誉を著しく傷つける事に他ならないと私は考える。