Canis.No.14 奈良県十津川村武蔵産 ニホンオオカミ下顎骨加工品(根付け)

『管理、所蔵者』 新宮市歴史民俗資料館  新宮市阿須賀1-2-28  

1996年2月 館長の奥野氏に電話にて確認したところでは、常設展示ではないが館が保管してあるので、坂本登代太氏の許可があれば、調査できるとの事。
                                       (休館日 月曜と祝日の翌日 開館時間 9:00~17:00)


 『初めに』 真夜中の山歩きの際不思議な獣の咆哮に遭遇して以来、再度の偶然を期待しつつ闇雲に山歩きを続けていた私に、標本の重要さを教えてくれたのが、井上百合子氏であった。勉強をすればするほど新しい疑問が発生し、その解決をすべくと、次第にこの世界にのめり込んで行った。解決の為には遺伝子的レベルの解析も必要だと実感し、標本調査の際には所有者にその協力の否諾も問い合わせつつ、現在に至っている。
 紀伊半島の標本リストと云う事で、井上氏から私に送られて来た中に、この標本が存在していたのだが、実際私が手にとって見る事が出来たのは、10年近く経過した一昨年(2004年)の10月だった。

 『由来』 坂本登代太氏と電話にて話(1996,2,4)=井上百合子
 登代太氏(68歳)の祖父、坂本金三郎氏(1856年生。76歳で没)は金三郎氏の父、彦三郎氏の代から本宮町静川へ出ていたが、もともとは奈良県下十津川村武蔵の出の家である。木地師が現在も残る静川から祖父彦三郎は曲物を仕入れ、東へ伊勢の方まで行商をしていたという。十津川村武蔵は行商の道すがらで静川を出て武蔵で泊まることがならわしだった。恐らく親戚筋の坂本たけお氏から骨を譲り受け、曲物にうるし加工をすることもあった金三郎氏自らが、オオカミの下顎骨にうるしを塗ったのであろう。
 坂本登代太氏が4歳位のころ祖父金三郎は脳溢血で倒れ病床にあり、6歳の頃亡くなったがその頃、幼い登代太氏によくオオカミの話を祖父はしてくれたという。
 行商で山越えする時よくオオカミに出会ったが害を与えることはなく、守ってくれる存在だったと!  この加工品は登代太氏が5歳のころ祖父から初めてみせてもらった。その後登代太氏の父からその由来を聞かされたが、「病気で倒れていたオオカミを大切に埋葬した。オオカミが魔物を退治してくれるので、下顎骨の前部分をその時切り取らせてもらった。」登代太氏は、“父親が外出する時は、腰にそれを魔物よけの根付けとして、いつも身に付けていた”と記憶する。たばこ入れ、墨壷が根付けに付けられていた。父親は外出から帰ると必ずその根付けを仏壇に納め手を合わせていた。
 大切なものであったが、その加工品のことを人づてに聞いて売ってくれと言ってきたり、盗難に遭いそうになったりした事もあった。火事もよく出るところなので、資料館が出来たのを機会に、新宮市に依管した。素朴なオオカミに対する信仰が残っている地元に置いて、地元の人々に親しんでもらいたいとの希望もあった
(ただし、新宮市としては保管しているだけという意識なので、坂本氏を本来の所蔵者として意思を尊重している。従って坂本氏にDNA鑑定のための資料提供の可能性を一応確認したところ、やはり代々の信仰の気持を思うと、提供は出来ないとの答えで有った。)以上、井上百合子記 『所見』 昭和62年8月1日、牙の会発行の日本犬資料誌“牙”第2号、目次頁後半部に以下の記載が有る。             鑑定書一、犬科動物の下顎骨前端部を利用した根付け。一個右の品はニホンオオカミCanis hodophilax Temminck,1839の下顎骨前端部であると鑑定致します。 昭和六十年七月八日   国立科学博物館名誉会員   今泉 吉典 鑑定書一、品目   犬科獣類の下顎骨を利用した根付け。壱個ニ、発見地  奈良県吉野郡十津川村武蔵の山中。三、発見者  坂本 たけお氏。四、遺体入手 明治十四、五年頃。現所蔵者坂本登代太氏の祖父  の年月  坂本金三郎氏下顎骨を譲り受く。五、現所蔵者 新宮市仲ノ町 坂本登代太氏。右の品は調査の結果、ニホンオオカミ牡の下顎骨前半部を加工して利用していたもの    と査定いたします。   但し左右のI3及び左右のCは加工の際植立の位置を誤って   歯槽に挿入したものと思考します。  昭和四十八年一月二十二日          日本哺乳動物学会評議員文学博士  直良 信夫