Canis No.15東京都瑞穂町に伝わる皮標本と頭骨

『所蔵者』東京都西多摩郡瑞穂町石畑高橋光明氏
                      瑞穂町石畑高橋宏氏
『初めに』埼玉県下大滝村三峰博物館所蔵の Canis hodophilax 毛皮標本2例を、その大きさ故 ヌクテ【Canis Lupus Chanco Gray】では無いのか?との疑義を唱える研究者が一部に存在することを筆者は承知している。しかしながらそれらは的外れの指摘であると言わざるを得ない。  
 一般的に広く知られた標本ではないが、直良信夫著・校倉書房発行【古代遺跡発掘の脊椎動物遺体】誌上にて、三峰神社の標本とほぼ同サイズの皮標本が頭骨と共にCanis hodophilax として同定されているのである。
Canis hodophilax の研究史七十有余年を紐解く時、標本例の少なかった初期と現在とでは、その認識の違いを知ることとなる。そして認識の違いを再確認する意味からも、上記誌上にて発表された標本をここに報告する。 『由来』本皮標本は東京都瑞穂町石畑xxx 高橋光明氏所有で、本家に当たる瑞穂町石畑xxxx高橋宏氏が上顎吻端部と下顎を所持している。
文久3年(1863年)以前に高橋宏氏の数代前の銀蔵氏が石畑の茶畑(桑畑という説もある)に潜んでいた狼を棒でたたき殺して採捕した。『所見』毛皮は縦に二つ折れにされていて、尾部および四肢部を欠き頭胴部のみが残存している。頭骨同様に狐つき落としの祈祷用に使用されていた。採取後手入れが悪かったためか、皮はカサカサに乾ききっていて、虫にはあまりくわれていないが質がもろくなっている。その上表面に残止していた毛はほとんど抜け去っていて、極めて少数の毛がまばらに残存している程度である。毛皮は現在暗濁褐色を呈している。毛皮は濁黄橙色のものであるが、肢脚の上部には少し黒毛がはえていたのではあるまいかと、残存毛からして想察される。概して短毛(長さ20,0±mm)であって、肩部や尾部に近い胴部にはやや長めな(長さ40,0±mm)毛もはえていたようである。残存している鼻端部は、その幅29ミリ、高さ16ミリである。眼部は毛皮を平らにのばした現在で66ミリの距離があり、眼部は紡錘形様をなし、長径24ミリ、短径9ミリを計測することができる。皮の全長は(頭胴長)126センチ、肩高の部分は33センチ、結局この大きさは、狼の生時におけるからだの大きさ(もちろん現状では皮がひからびて固くなっているので実際よりは小さくなっている)の大体を表示しているとみてもよい。
 顔面骨破片、下額骨、に関しては以下の文が記してある。
顔面骨の特色は、従来知られているものの中では若干幅が広めであって、上顎の歯牙も少し大形である。下額骨にあっては、まずその骨体が頑丈であって咬筋の発達がはなはだ顕著である。この資料は東京都としてはもっとも平野部に近い地域(狭山丘陵の西端)に棲息していた二ホンオオカミの遺体であることがまず注意を引く。江戸時代以降武蔵野は特別の地域以外は広漠とした草原様の景観を有していたであろう。道路はこの平原を縫って発達していたものと思考されるが、このような大形のしかも獰猛なニホンオオカミが常に出没していたであろうことを想像すると、旅人の往来は容易なものでなかったであろうことを、私は追想するものである。【『由来』『所見』共に、古代遺跡発掘の脊椎動物遺体より抜粋】