Canis No.26 広島県加計町福光寺蔵canis hodophilax頭骨

『初めに』
 この標本は、私の二ホンオオカミ研究の兄的存在である大場烈夫氏が、遠路はるばる広島まで足を運び、調査、撮影、計測されたもので、遅まきながらこの場を借りて深く感謝する次第である。尚、由来、標本の概要、所見等に関しては加計町史・地誌編からの抜粋である。
『由来』
 江戸時代末期(1840年~1850年代)に刀で突き殺されたと伝えられる標本で、福光寺第十四代住職、大前開善氏(F0)が寺の近くで入手し頭骨を同寺に納め、右前肢骨端部は周囲の家に分け与えたとされる。しかし、広島県下の研究仲間藤田氏に依ると、右前肢骨端部は現在同県下には無いとの事で、CANIS 26 にては報告の対象外とする。

『標本の概要』
頭骨は上下顎ともそろっている(F1)。そのうち骨部が裸出しているのは下顎骨下部や上顎部上部の一部などで、残りの部分は乾燥しミイラ化した軟組織で、頭骨全体が薄く覆われ黒ずんだ色をしている(F2)。軟組織が残っている事に加え、屋内で燃やす薪の煤等が黒ずんだ原因と考えられる。前頭骨頬骨突起と頬骨側頭突起にも組織片が左右とも残り、眼窩を形成した状態になっている(F3)。後頭部下部から側頭部には筋肉組織が特に多く残り、外耳孔、側頭部の神経孔などの確認は難しい(F4)。ただし、切歯骨遠心端や歯列部に付着していた組織は極薄く、計測値に大きな誤差を与えるものではなかった。
後頭顆の一部は欠損しているが、これは頚椎から頭骨を切り離す時にナタなどで切断されたことによると見られる。鼻孔周辺部、口蓋骨近心端には骨を削り取った跡が見られる。下顎下面の前方部には骨から肉を取る時、あるいはその後についたと見られる刃物跡の筋が平行に数本残っている。また、下顎左第一臼歯の歯冠部には、近年生じたと見られる人為的な欠損が見られる。

『所見』
上下顎を組み合わせた状態で水平面に置くと、下顎角は接地しない(F5)。顔面部のプロフィールの側面から見た中凹度は弱い(F6)。下顎M1の値が25.1mmを数える(F7)、等の点を総合的に判断すると、本標本は二ホンオオカミ Canis hodophilax Temminck,1839とするのが適切である。
 尚、加計町史・地誌編192ページに於いて、
六、口蓋骨近心縁(骨口蓋後縁中央部)の正中線部は湾入する場合が多い二ホンオオカミの特徴に対し、福光寺の標本は、不明確だがその状況は見られない(NO)としている。写真(F8)を御覧戴ければ判るとおり、ただ単に不明であってNOでは無いのだ。
この鑑別文を参考事例として、骨口蓋後縁中央部が湾入しない事例として扱われ、タイリクオオカミ的特徴にカウントした学術論文(中村一恵、2008、日本産オオカミとその近縁亜種の下顎第1大臼歯・歯冠長比較)が有った事をここに記して置く。