国立科学博物館所蔵ニホンオオカミの姿態

日本本土から、ニホンオオカミが姿を消してしまったのは、大体明治の末葉であることは諸家のすでに認めているところである。諸所でニホンオオカミについての物語や説話は、数多く残されているけれども、ニホンオオカミが、どんな姿態のオオカミであったかについての、詳細な記録が残っていないのは残念である。明治三十七年(1904)に奈良県鷲家口で捕獲されたものは、M・アンダーソン氏によって海外にもち去られ、このオオカミについての記載は、Fauna Japonica に記載されているとはいえ、たやすく私たちが実物について検討することができない。

東京上野公園にある国立科学博物館には、福島県産の冬毛の♂の剥製標本が、古くから所蔵されているが、製作後かなりの年次がたっているために、毛色に相当度の変異が生じ、この標品の有する現毛色を、ただちにとって昔時日本に産していたニホンオオカミの、下の毛色として論及するのには若干無理が存する。ことに太平洋戦時中から戦後の混乱期には、地階の物置場に放置されていて、ほこりだらけとなり、あまつさえ当時博物館に屯ろしていた軍関係者によって、終戦の引揚げに際し、むごたらしくもその一部が毀損されたりして、原相を正しく保存しているとは考えられない状態となった。現状では補修が加えられて陳列標品としての取扱いを受けているが、終戦当時の様子をよく知っている私としては、終戦を境として、標品の姿相に変異のあったことを認めざるを得ない。そこで、現相を詳記してみても、それが果して原相に通ずるか

否かがあやぶまれたのであるが、幸いなことには、まださほどいたんでいなかった昭和初年に、農林省猟政調査室 葛精一氏のとられた、毛色についての記録が存するので、それをここに載示しておくのが妥当のように感ぜられる。すなわち葛氏によると、
 【全体灰白色で上部は色濃く下部は淡い。顔は上部一体に暗褐色を呈しその部の毛は剛くて短い。唇は黒くわずかに白色部を混じ、額は淡暗褐色を呈し、下顎と上喉は濃黒色である。眼の後下方には暗色の剛毛がある。耳殻は外方上面は黄茶色なるも下方は灰白色を呈し、内面は縁にのみ長毛があり、大部分は裸出している。頸をめぐって白色の上毛があるも、その下毛は茶色を帯び、その他の頸の上毛のほぼ半分は紫黒色を呈し、喉は純白色で、胴の背部と体側の上部とは紫黒色または黒茶色を呈する。臀部には波状をなせる黒茶色条班がある。尾は淡い暗茶色なるも、中央部にはやや暗色を帯びた環状班を有し、この部の羽毛は元の方は黒茶色である。前肢の腕前には濃い茶色の半月形をなせる斑紋を有し、その上方外側には長毛あり、わずかに茶色を帯び、第一趾の高さの所にほぼ三角形の淡い茶色班があるも内面は白い。後肢の前面と内面は白色を呈するも、外面の後半は淡い暗茶色を呈し、爪は淡黒い飴色で前肢の爪の端はまるく削られている】ということである。